現地支援レポート

2017/06/29
世界難民の日に考える


皆様、佐藤真紀です。6月20日早朝に無事にイラクのアルビルに到着しました。
6月20日は国連が定めた世界難民の日です。イラクと日本から難民問題を少し考えてみたいと思います。

さて、世界で、家を失い、避難を強いられている人は、6560万人。4000万人は国内で避難した人々。日本では、福島原発事故で避難を強いられいまだにもどれない人たち9万人がこの中に含まれます。
一方、国を超えて難民となった人たちは、2016年に200万人ほどが申請をし、564,400人が認定されたそうです。

主に、シリア、イラク、イエメン、南スーダンの紛争が影響しています。日本も難民申請者は、ここのところ毎年2000人づつ増えるという傾向が続いています。2016年度は10,000人を超えてしまいました。しかし、認定されたのはわずか28人。申請が増えている出身国は、インドネシア、ベトナム、フィリピンといった東南アジアです。いずれの国も1000人を超えています。その一方でシリアやイラクは、実は申請する人も少ないのが現状で、毎年10人にも満たないのではないでしょうか?

ヨーロッパは、シリア難民がトレンドになってしまった感がありシリア難民なら優先して受け入れるという風潮がありました。これは、反アサドキャンペーンの影響もあったのでしょう。日本はかなり状況が異なります。しかし、トルコ人の難民申請者は1000を超えており、おそらくクルド人が大半かと思いますが、そこは、重視していくべきかもしれません。


先日、難民申請中のクルド系シリア人ムハンマッドさんに会うことができました。
彼は、ハッサケの出身ですが内戦が勃発した当時はダマスカスで運転手の仕事をしていました。2014年ロケット弾が飛んでくるようになり、ハッサケに避難しますが、ハッサケに行ったところで仕事もなく、2014年に国境を超えてイラクに避難しようとしました。しかし、5回見つかりそのたびに追い返されたのですが、とうとう警察に逮捕されそうになりした。妻のアビールさんが警察に泣きつき、ちょうどその時妊娠6カ月であることを訴えます。

最終的には歩いて国境を超えて、ドホークのキャンプにたどりつきました。そして、3カ月テントで暮らした後、アルビルのダラシャクランキャンプにあるテントを1700$を出して買い(テントというより土地の権利)家族で暮らしていましたが、2015年、ブローカーにそそのかされ、オーストラリアに移住を決心しました。ムハンマッドさんは、生まれてこのかた飛行機にも乗ったことがなく、仲介者の言われたまま飛行場から去っていったのです。妻子はその後呼び寄せする予定でした。しかし、飛行場につくとお金とパスポートを預けておいたブローカーがとんずらしてしまい、成田で置いてけぼりにされてしまいました。とりあえず、日本で難民申請し、現在審査中です。

彼にあったのはちょうどラマダン中。与野にあるレストラン。実は、このレストランを経営しているのは、同じくクルド系シリア人のジュディさん。彼も難民認定はされず、在留特別許可を得て家族を呼び寄せました。娘は小学校に通いはじめ、日本語も上手です。つい最近新しい赤ちゃんも生まれています。
ムハンマッドさんも、「家族と離れて暮らすのはつらい」と何とかダラシャクラン難民キャンプにいる妻と子供を呼び寄せたいと願っています。2年近くも家族と離れ、一人で日本で暮らしているムハンマドさん。そろそろ限界かなという感じがします。

難民の日①
(レストランでデーツを食べるサカベコ)

彼らがこれからどうなるのかわかりません。昔、ヨルダンで知り合ったイラク難民。「アメリカに行けるっていうのは、宝くじに当たるようなもんだよ。」といって笑っていましたが、その後見事にくじを引き当てて今は家族幸せにアメリカで暮らしています。ここ数年の難民ブームでは、ブローカーに騙されて貧乏くじを引き当てた難民たちもたくさんいます。

私はイラクに到着すると、早速アルビル郊外にあるダラシャクラン難民キャンプに足を運び、ムハンマドさんに頼まれた人形を娘のマナースちゃん7歳に渡しにいきました。気温40度を超えるキャンプは、ラマダン中ということもあり人ひとり歩いていません。
妻のアビールさんは、庭にモロヘイヤなどのちょっとした野菜を育てていました。
「家族と一緒に行けるならどこのくにでもかまわない」といいます。 

難民の日②難民の日③


難民問題で私たちができること。
日本国際ボランティアセンター(JVC)にいたときに、「難民支援するのではなく、難民を作らない社会づくり」が大切だという言葉を聞いてなるほどなと思いましたが、世界が戦争したくてうずうずしている時代。あふれ出る難民の受け入れで疲弊している受入国の人たちと一緒になって支援していくことは避けられないでしょう。その傍ら、日本の難民受け入れは、個別のケースに関して寛容な措置をとるべきであり、安易に数を増やすのがいいとは思いません。
難民認定されなくても、在留資格を持つ彼らが日本でいい思い出を作ってほしいなと思いました。

難民の日④難民の日⑤

(佐藤 真紀)

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